『そっち、今何匹相手にしてんの!?』
「暗くて詳しい数はわからねェ、あいつら街灯全部ぶち壊しやがった!」
『奇遇だね、こっちもそうだ!』
――とある秋の、闇夜。
「まあこっちにゃアイツがいるからよ、……なあお前、何匹いるか」
「ヤミカラスにドンカラス……あれはダグトリオか?マタドガスもいるか、というか動いてるものを数えるの苦手だ」
「苦手もクソも無ェよ!こんな中でまともに見えるのなんざお前と
ポケモンくらいしか居ねェだろ!」
世界改革結社『ギンガ団』によるキッサキシティ強襲は
『あーちょっと?爆発音とか耳に痛いんだけど大丈夫?』
「『ヘドロばくだん』だ、……おい、聞こえてるか!?」
『ごめん今ちょっと、……姉さん大丈夫?エイト立ってる!?』
「リリン戻れ、……フロウス、ナイトヘッド!広範囲に張って相手を止めろ!」
「あぁッ勝手に俺のポケモンに命令しやがって!」
「嫌ならさっさとポケギア切れ!」
トレーナー側の僅かながらの劣勢の様相を呈しながら、ほぼ当初の目論見通りに進行していった――。
『ちょっと、まだ切らないでよ!本題まだなんだから!』
「長ェよ!そっちだって余裕なんか無ェだろ、さっさと話してくれ!」
戦況を見ながらラッドがポケギアに向けて怒鳴る。ピッチが冷めた目でそれを一瞥して、腰のボールへ手を伸ばす。
「ザック、轢け!」
投げられたモンスターボールが割れるや否や、茶色い球体がかなりの速度でポケモン達の中へ突撃していく。『ナイトヘッド』の幻覚に硬直していたダグトリオを一匹轢き潰すと、それを
踏み台代わりに大きくはね上がって、低空に留まっていたマタドガスの脳天に突っ込んだ。
それを合図として幻覚が解け始めたらしく、正気に戻ったヤミカラスの一匹が『ナイトヘッド』を使っていたヤミラミに向けて飛んでいく。しかしヤミラミはまるで
格闘ポケモンででもあるかのような華麗な動きでそれを受け流すと、地面に体を打ち付けたヤミカラスへ『かわらわり』を叩き込んだ。
『なんかさ、こいつら変じゃない?頭数ではどう見てもあっちが勝ってんじゃん、でも一気に攻めて全滅させてくるようなこと、してきた?』
「いや、無ェな。……そう考えると、どういうこった?」
『あくまでボクの考えなんだけどさ、こいつら、攻めるのが目的じゃないと思うんだ。どっちかってーと足止め優先的な』
「足止め?」
『そう、多分ボクらを市街地に居させるためにこれだけの戦力が割かれてる!で、ボクらが守らなきゃならないけど行けてない場所って言うと』
「……エイチ湖!」
『そういうこと!で、ボクらはこいつらの相手で手一杯だからさ、危ないってのは承知してるんだ、行ってきて!多分あんた達が一番速いんだ!』
ポケギアから響く懇願の声に、ラッドは全くためらわなかった。元から危険を承知で飛び込んできた少年が、こうしたことでためらうはずもなかった。
ただ彼がためらう要因があるとしたら、これがただの戦いではないことだった。だが、それはあまりにも小さなもので、ついに彼の思考を変えることはできなかった。
「……よし、行ってやる。一旦切るぞ!」
『わかった、何とかできたらボクたちも行くから!』
通話を切ったポケギアをポケットに突っ込むと、ラッドは声を張り上げる。
「おい、移動するぞ!」
「……エイチ湖?」
何匹ものヤミカラスを振り払うように両腕を振り回すザックをボールに戻すと、ピッチは再びヤミラミに『ナイトヘッド』を命じた。
標的を失ったヤミカラスの群れが、その場にないものを認めて喚き散らし、飛び回る。
「移動手段が、……ライトを貸してくれるなら」
「俺にはイクトがいるからな。ほら。上から状況教えてくれよ」
放られたボールから現れたフワライドはピッチを載せると大きく息を吸い込み、急速に膨らんで上昇していく。
その間にヤミラミを下がらせたラッドは、
もうひとつのボールを握りしめる。
「……ここの建物、わりと石造りが多そうだから大丈夫だよな」
ヤミカラス達の中心に放られたボールから、焔が溢れた。その灯りを跳ね返すように、長い首と四肢が舞うように躍動する。角の先、尾の末端まで、舞妓の扇子のように流麗に焔が伝う。
その蹄が地を叩けば焔が残り、底からヤミカラス達を焼き払っていく。
跳躍してヤミカラス達の頭上を飛び越えれば、降り注ぐ火の粉が羽毛を焼いていく。
ギャロップが舞い終えた頃には、ヤミカラスは全て火の海に沈んでいた。
「……行くぞ、急いでくれ」
まだ熱いギャロップの体に飛び乗り、彼はその脚を進めさせた。
輝き続ける炎に背を向けて。その中の黒い陰から目を背けて。それを救いにくるトレーナーなどきっと居ないのだろうという推測を噛みしめて。
星明かりすらない闇色の空を、フワライドが横切っていく。その頭についた雲のような部分から、ピッチは静かに
地上を見渡した。
森は見える。ただ、まだ人影は見えない。そもそもいかに夜目が利くとはいえ、自分はもともとの視力がいいという訳ではない。きっと後から来るはずのもう一人はそれをわかっていないのだろう。
『ピッチちゃん、何か来る!』
フワライドのその言葉に、彼女は顔を上げて辺りを見回した。フワライドの静かな飛行で出来上がる静寂に、確かな羽音が割って入っている。
ゴルバットが一匹、こちらをじっと伺っている。積極的に向かってくる様子はなく、むしろ視線をこちらに向けたまま遠ざかっている、と言う方が正しかった。
気付かれたか、と危惧したところに、トーンを抑えたフワライドの声。
『……何だか様子が変ね、どうする?追いかける?』
「いや、向かってこないなら無理に追いかけない。結果的にエイチ湖の方から遠ざかることもありそうだ」
『オッケー、それじゃこのまま進むわね』
フワライドの飛行速度は決して速くはない。その分音がなく気付かれる可能性は少ないのだが、先程の様子を見る限りその利点はあっさり消えてしまったと見ていいだろう。あのゴルバットが増援でも呼んでくるかもしれない。
ボールの隣につけたポケギアに、手を伸ばした。
「……もしもし」
『おう、お前今どの辺を飛んでる?』
「どの辺、て言われても。……お前の方が目立つだろ、今見回すからちょっと待ってろ」
暗い森の中で、ギャロップらしき炎がよく目立っていた。
今飛んでいる地点の少し後方、小さな光点が見える。
「……お前よりは前にいるみたいだ。ギャロップって意外と遅いのか?」
『ギャロップが走るには障害物が多すぎんだよ。それに俺が乗ってるのもあるからな。こいつが本気出したら俺なんか一瞬で消し炭になっちまう』
「まあ、人間の能力なんかたかが知れてるからな。ポケモンと比べたら」
『お前はそうじゃないだろ?』
一瞬で指が通話終了ボタンに伸びた。
少し押し込んだところで思い留まって指を離す。胸に込み上げる様々なものを圧し殺しながら、彼女は問いかけを無視して話を続けた。
「さっき、偵察みたいなゴルバットが通った。……きっともう気付かれてる。何か援軍でも来るのかもな」
『マジかよ!?……もし来たとしてよ、お前、何とかなんのか?』
「お前のフワライドの鍛え具合次第」
『そんなら大丈夫だ、ライトは俺が一番鍛えてる
ゴーストだからよ!』
「はいはい。……何かあったら
教えるから切るなよ」
話している間にもキッサキの町は静かに遠ざかり、フワライドはキッサキ付近の森の三叉路上空を飛んでいた。
ここから高台に登った先が、エイチ湖。
普段は全く近づくこともないこの場所が、まるで壁のような威圧感をまとって鎮座している。彼女は、そう錯覚した。彼女に祈るべき神はいないが、しかし同時にこの湖の神が存在することは信じていた。
僅かに震えた心を、フワライドの叫びが現在へ引き戻す。
『何あれ、……速いッ!?』
顔を上げた彼女が四枚羽の一枚を視認したのと、振り下ろされたその羽がフワライドを打ち据えたのはほぼ同時だった。
フワライドの体が大きく傾いて、ピッチは必死でその体にしがみつく。
『大丈夫、ちゃんと掴まってる!?』
「気にするな!」
軽量ゆえに一撃だけでその体は大きく流され、クロバットとの間に距離が空く。にもかかわらず更なる一撃を加えようと間合いを詰めるクロバットに向け、フワライドは突風のような『あやしいかぜ』を吹き付けた。
向かい風に、進み来るクロバットの勢いが鈍る。
『どうした?増援か!?』
「そうだよ。何とかなるんだろう?」
『ライトなら保ってくれるさ!すぐ行くから振り落とされんなよ!』
戦闘の音を聞きつけたポケギアと短く会話を交わして、ピッチはフワライドのほぼ唯一の掴まりどころである雲を模した部分をしっかりと掴んだ。
一瞬遅れてクロバットの第二撃が入り、
カウンター気味にフワライドの放ったシャドーボールの炸裂音。
フワライドとクロバットの相性は、全体的によくも悪くもない。防御に優れた前者と攻撃に優れた後者、優劣をはっきり決めるものがあるとしたら、それこそ鍛え具合だろう。
クロバットの三撃目を、フワライドは下部から生えた腕で受け止めた。そのまま、二度目の炸裂音。
クロバットはそのまま力を失い、落ちていく途中で数度羽ばたいて、森の中へ軟着陸していった。それを見届けたフワライドが、大きく息を吐く。
『……助かったわ、きっと後もう一回でも攻撃されたら倒れちゃってた』
「大丈夫か?」
『なんとか――』
彼女達の後ろを、風が一陣通り抜けた。
フワライドの体が、大きく傾いた。
「……あ?」
力を抜いていた手は、あっさりと掴んでいたものを手放した。
ピッチの体が、完全に宙に浮いた。
逆さまになった瞳が、フワライドの体を横一文字に斬り開いた傷を映し出した。
「な、ッ」
伸ばした手は、自身の体から出る空気で急速に吹き飛んでいくフワライドには届かなかった。
地に向かったもう片方の手から、ポケギアが滑り落ちた。
固く閉じた瞼の裏に、見えないはずの人影が見えた。
――このまま逝けるって思ってる?
聞こえるはずのない、甘ったるい子供の声が聞こえる。
恍惚めいた笑み、差し伸べられた手。
それらの全部が欺瞞だと、彼女はもう気付いているはずだった。
――前に言ったわ、ワタシ。
そしてどちらにしても逃れられないことも、また彼女は知っていた。
諦めとともに開いた蒼い瞳が、近づく地平を捉えた。
――アナタが困ったら、ワタシが助けてあげるって。ワタシの好きにさせてね、って。
墜落したポケギアが、破裂するように木っ端微塵になった。
――――
『少女の手はあまりに短く虚空は掴めない。ただその手を掴んだのは、【望まれざるもの】――紺碧の少女だった――』
どんなスタダとか言わないで。惑わしたのは星空じゃなくて虹の欠片です(帰れ
筆折ろうと思ったが、多分まだ続く。
ところで朔って新月でしたよね。(