朝です。
シンオウの秋に多い典型的な秋晴れに、早起きなムックルやムクバードの鳴き声が軽やかに響き渡ります。冬眠の準備にと木の実を探すリングマやパチリスが野山を駆け回り、入れ替わるように山あいからニューラやユキカブリが戻ってくる季節。
そんな中、とあるキッサキの山あいの家は未だ
カーテンが閉まったままでした。聞こえてくる規則的な硬い音は、家で一番早起きなネイティが跳ねる音です。
彼女は朝起きると、まず台所に向かいます。
トレーナーが昨夜、というか今日の未明ほどに放り出して寝てしまったので一人分の食器が流しに寂しく置いてありますが、そのあたりはネイティが関与することではありません。
ネイティは翼や足の代わりに念力で流しの下の扉を開け、大袋の
ポケモンフーズを取りだしました。はていつもより軽い気がする、と思ったのですが、気にしないことにしてごはん皿まで持っていった袋をこれまた念力で傾けました。
ネイティのごはん皿に転がり出てきたのは、ドライタイプのポケモンフーズではなくネイティより少し大きいくらいの数匹のカゲボウズでした。ポーカー
フェイスをモットーとするネイティもさすがに驚いたように見えましたが、ように見えただけだったようです。
ネイティは念力で飛ばしたごはん皿でカゲボウズを一匹ずつ打ち据えると、改めてごはん皿にポケモンフーズを出していつものように落ち着いて食事を始めます。カゲボウズは流しの下が気にいったらしく、またそこに収まりました。
その騒ぎを聞きつけてか、サンドパンが起きてきました。サンドパンとトレーナーは同じ部屋で寝ているのですが、ふたりが同じ時間に起きたり寝たりするのは真夏に迷子のユキカブリの子が溶けかかっているのが見つかるくらい珍しいことです。分かりにくいこのたとえを具体的な数に直してみると、年に2〜3回くらいです。
サンドパンは朝ごはんを食べているネイティを見て、自分用のポケモンフーズを取りに行きます。流しの下の扉を開けて、彼は中にたくさんぶら下がる黒いものに思わず悲鳴を上げました。
『ぎゃああああぁぁーっ!?』
『やかましい』
ネイティの静かなツッコミは、家中に響きそうなその悲鳴にあっけなく負けてしまいました。実際に彼女たちがバトルすれば進化前と進化後なのにもかかわらず互角程度なのですが、声の大きさは当たり前ながらそんなこととはまったく関係ありません。
そんなことがあってもトレーナーの女の子はずぶとく昼頃まで眠っていました。太陽がわずかに傾いてくる頃になってようやく部屋から出てくると、部屋を出てすぐのところにいたアブソルに声をかけます。ちなみにこのアブソルには普通明らかにありえない、ヤミカラスに似た黒い翼が生えていますが女の子はまったく気にしません。
「………おはよう、リン」
かけられた方のアブソルは、本当はもう昼も過ぎているのだから『おそよう』くらいの方が適切だとか、本人はまだ気付いてないけど今日の寝ぐせは一段とひどいなとか、でも言ったところで直さないだろうとかいろいろなことを考えてはいるのですが、悲しいかな種族の壁が厚いので何を言ったところで女の子には通じません。とりあえず一声鳴いて返しておきました。
女の子は曖昧に頷くと、朝だか昼だかわからない通称あひるごはんを食べに居間へ向かいます。
女の子は居間にある小さな冷蔵庫から、ラップをかけられたゆで卵の入ったお皿を
取り出しました。おもむろにラップをはがすと、無言でもふもふとゆで卵を食べ始めます。
と言っても、女の子はゆで卵が特別好きなわけではありません。単に作るのが簡単で、それほど嫌いな食べ物でもないからです。半熟が好きだけどいつも適当にゆでるから固ゆでだなあ、などと思っていると、
「むぐっ」
のどに詰まらせました。
テーブルの上のネイティが『またやったんですか』と言いたげな目で見つめています。ただ、ネイティのポーカーフェイスからそれを読み取るのは至難の業です。ネイティならばテレパシー一発で通じるはずなのですが、彼女は割とトレーナーの言動には無頓着です。
女の子はそんなことに気を配る余裕もなく咳き込んでいましたが、しばらくすると何事もなかったかのように食事を再開しました。相変わらずゆで卵ばかりですが。
明日の分の卵をゆでているお鍋を火にかけながら、女の子は流し台の下に住み着いたカゲボウズたちをなだめていました。女の子はアブソルともサンドパンともネイティとも話はできないのですが、カゲボウズたちとだけは話ができるのです。
カゲボウズたちは女の子が
モンスターボールで捕まえたわけではないのですが、女の子の家にずっと住んでいます。
「そこで寝られると、他の子がごはんを
食べる時にびっくりするから、別のところで寝てくれ」
『…………』
反応がありません。カゲボウズたちは目を閉じたまま考えこんでいるように見えたので、女の子はカゲボウズたちが考えているのだと思ってしばらく待ってみました。
待ってみてもカゲボウズたちは何も言い出しません。さすがに怪しいと思った女の子は、流しの下に頭を突っ込んでみました。
『…………z』
返答代わりの寝息が聞こえます。カゲボウズは夜に起きているので、昼下がりの今は眠っているのです。
女の子はそれをうっかり忘れていて、慌てて邪魔をしないように静かに流しの下の扉を閉めました。
それから鍋を火から下ろし、水にさらしたゆで卵の殻をむき始めます。ちょっと柔らかいけど柔らかい方が好きだから良いか、と流しました。半生保存には食中毒の心配が普通はあるはずなのですが、あいにく女の子はあんまりそういうことを考えません。
むき終わった卵を皿に入れてラップをかけ、冷蔵庫に納めます。ポケモンはたくさんいますが女の子は独り暮らしなので、冷蔵庫にもあまり食べ物が入っていません。
一段落ついたところで聞こえてきた声に窓の外を見ると、サンドパンがガーディに追いかけ回されていました。ガーディの頭には家の中からでもはっきり分かるようなたんこぶがあります。
サンドパンがわざと叩いたりするはずはないから何か間違ってぶつけたりしたに違いないと思った女の子は、とりあえず様子を見に外へ出ました。とたんに、急に周りが明るくなった気がして思わず目をつぶります。
少しの後、まばたきしながら用心深く目を開くと今度はまったくの平気でした。何だったんだろうといぶかしがっていた女の子は、サンドパンとガーディがいた辺りに着いた時にその原因がなんとなく分かりました。
ガーディがそっぽを向いています。その近くに、所々焦げた何かが転がっています。ちょうどサンドパンくらいの大きさで、サンドパンのようにトゲトゲしています。
「……焼いた?」
女の子がガーディに尋ねましたが、ガーディは変わらずそっぽを向いたままで答えようとしません。女の子は困り顔で焼け焦げたサンドパンらしきものを見下ろします。ぴくりとも動きそうにありません。
考えた挙げ句、女の子はおもむろに片手を高く振り上げました。
「とりあえず起きろ」
ぱこーん。
やたら軽い、しかし本人は力いっぱいの拳が元サンドパンの腹にクリーンヒットしました。
女の子はサンドパンを叩いた時に切れた手に包帯を巻きながら、すっかり暗くなった外を見ています。包帯の巻き方があまり上手ではないので巻く端からほどけていきます。そのうち諦めて包帯をしまい始めました。巻き取るのは手間がかかるからと紐のようにまとめます。
明日は確かお店荒らしのポケモンを捕まえてほしいって言われていたなあ、などと窓の外への目線がくるくる動きます。逃げられた時に困るから追いかけるためにガーディやアブソルは一緒に行った方がいいだろう、影から見張っていてもらうためにカゲボウズたちも来てくれないかな。
そこまで考えたところで、女の子は大事なことを思い出しました。流し台の下にいるカゲボウズたちに、別の場所に移ってもらうように言わなければいけません。
女の子はさっそく流しの下の扉を開けました。中にいるカゲボウズたちがまぶしそうに目を細めます。女の子はちょっとだけ謝ると、すぐに別の場所に移ってもらう話を始めました。
最初はカゲボウズたちも気にいった場所を離れるのは嫌そうでしたが、他のポケモンたちが驚いてしまうからという話を根気強く、というかあまりに延々マイペースにされて飽きたようです。渋々別の場所に移ることを約束してくれました。
女の子はありがとうとお礼を言うと、もう大丈夫だとポケモンたちに伝えに行きました。まだ微妙に焦げ臭いサンドパンが、一番大きく胸を撫で下ろします。
その近くを、窓をすり抜けて入ってきたカゲボウズが掠めていきました。そのまま口で女の子の袖を軽く噛むと、ぐいぐいと引っ張ります。
「わかった、すぐ行く」
この時間になると決まってカゲボウズたちは女の子と遊びたがるのです。カゲボウズの後について、女の子は秋風が吹く外へ出ていきました。
それを見送って、ポケモンたちの方はそろそろ眠り始めます。ちなみに早起きのネイティはもうすでに姿が見えません。
翌朝。
というかもういつものように昼過ぎなのですが、起き出してきた女の子は着替えようと
タンスを開けます。
引き出しの中が、何か黒いものでみっちりと埋め尽くされています。しかも開けた時、一斉に動きました。
女の子はしばらくそれを見つめた後、適当に手を突っ込んで中のものをつかみます。
小さめのカゲボウズが1、2匹つかめました。
女の子はじっとカゲボウズを眺めた後、静かに元のタンスの中へ返しました。
――――
何かアホみたいなものが書きたかったんだろうと。
セルトさんが来る前はずっとこんな調子だったんだよ。10歳ちょいの子供が独り暮らししたら……割とこうなると思うんだ……
6〜7年くらい前の話。この時代から口調がかわいくなく暴力的。
・結構出てくるネイティさん
『来訪、鎮魂者』のネイティオ。かつポケパのネイティオ(、という設定)ちび時代。
コウジュに行ってからPT内で舎弟ができてかなり扱いに困っている。